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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)186号 判決

タイ国サムトプラカルン、アムフオエ・ムアング、タムボル・ラエムフアプハ、

スクサワス・ロード86番地

原告

ブンルエ・ヨントララク

同訴訟代理人弁理士

薬師稔

依田孝次郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

富田哲雄

佐藤雄紀

中村友之

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成1年審判第9574号事件について平成4年4月14日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年8月24日、名称を「木製タイル及びその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和57年特許願第145575号)したところ、平成元年3月1日拒絶査定を受けたので、同年5月26日査定不服の審判を請求し、平成1年審判第9574号事件として審理された結果、平成4年4月14日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月1日原告に送達された。

2  本願発明のうち特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第一発明」という。)の要旨

一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材を切断して多数のタイル素材を構成し、前記タイル素材の側面同士を接着剤で結合するか、又はタイル素材の下面を綿製メッシュに接着剤で結合してタイルに形成したことを特徴とする床被覆物として使用するための木製タイル(別紙第一参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第一発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本件出願前に国内において頒布されたことが明らかな昭和48年実用新案出願公開第68415号公報(以下「引用例」という。)には、「材料木片を並列した単位パーケット2を、作業に有利な一定面積の大きさに配列して当布4を裏側全体に貼着し、表面仕上げを施すると共に、その周縁を、表面から内側に傾斜させて切削して接合面5を形成することにより、全体の外形寸法を一定させたことを特徴とする作業単位のモザイクパーケット」(実用新案登録請求の範囲)に関する事項が別紙第二の第1図ないし第4図とともに記載されていることが認められる。

(3)  そこで、本願第一発明と引用例記載のものとを対比して検討する。

まず、本願第一発明と引用例記載のものとを対比すると、引用例記載のものもモザイク床等の床被覆物として使用するためのものであることが明らかであると認められ、引用例記載のものの「材料木片」は、本願第一発明の「タイル素材」に相当しており、同じく「単位パーケット2」は「木製タイル」に相当することが明らかであると認められ、また、引用例記載のものの「当布」と本願第一発明の「綿製メッシュ」とはともに織布である点で共通することが明らかであると認められるので、結局両者は、「多数のタイル素材の下面を織布に接着剤で結合してタイルに形成した床被覆物として使用するための木製タイル」である点において一致しており、次の(イ)及び(ロ)の点で相違していると認められる。

(イ) 前記タイル素材を、本願第一発明は、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材を切断して得たもので構成するのに対して、引用例記載のものは、材料木片の厚さを特定した記載がなく、その材料木片の素材となる板材料を得るための製造手段等に関する事項も明らかではない点。

(ロ) 前記織布が、本願第一発明は、綿製メッシュであるのに対して、引用例記載のものは、当布である点。

そこで、次に上記相違点(イ)及び(ロ)についてさらに検討する。

まず、相違点(イ)についてみると、材木から建築材料等に使用するようなベニヤなどの単板を製造する場合、回転旋盤(ロータリーレース)や平削機(スライサー)等の刃物切削機械によって剥ぎ取ることにより原木から均一な厚さの木材のシート状の薄板を製造するような技術は、従来周知であり、その場合に、前記回転旋盤等の刃物切削手段によれば前記シート状の薄板の厚みが0.5ないし6mmの厚さのものが得られることも従来周知である。また、このようにして得られたシート状木材の薄板材料を所定の寸法の製品とするために切断手段を用いるようなことも普通のことである。

してみれば、前記相違点(イ)における本願第一発明の一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材を得る点の構成において、原木からシート状木材を得るために刃物切削による剥取り手段を用いることは、従来周知の技術であると認められるとともに、そのようなシート状木材を得る際、上記従来周知の刃物切削による剥取り手段によればシート状木材の厚さを特に略2.5mmと限定した厚さのものを得ることができることも従来周知であると認められ、また、前記相違点(イ)における本願第一発明の前記タイル素材をシート状木材を切断して得たもので構成する点についても素材としてのシート状木材等の薄板材料から床材等の建築材料としての製品を得るために所定の寸法に切断手段を用いて所望の製品を得るようなことは普通のことであると認められるから、結局、本願第一発明の前記相違点(イ)の構成は、従来周知の技術に属する事項であるにすぎないことに帰し、この点の構成に格別な発明があるとは認められず、引用例記載のものにおいて、このような構成を採用することは、設計上その必要に応じて容易に考えることができたと認められ、当業者にとって格別発明力を要することではない。

次に、相違点(ロ)についてみると、織布としては、当布も綿製メッシュもともに従来周知であり、この場合、当布が網目(メッシュ)を有すること、その素材に綿製のものがあることは、いずれも自明のことであるから、引用例記載のものにおける当布と本願第一発明の綿製メッシュとの間に本質的な違いが存在するとは認められない。

したがって、引用例記載のものにおいて織布としての当布に代えて綿製メッシュを採用することは、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないと認められるので、本願第一発明の前記相違点(ロ)の構成にも格別な発明があるとは認められない。

そして、本願第一発明の奏する効果をみても引用例記載のものと前記従来周知の技術等の有する効果の総和以上の格別の効果を期待することができるとも認められない。

(4)  以上のとおりであって本願第一発明は、その出願前に本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が引用例記載のものに基いて容易に発明をすることができたと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願第一発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、審決が相違点(イ)に関し、周知技術、周知のこと又は普通のこととして認定した事柄がいずれも周知のことに属することは認め、審決が相違点(ロ)に関し、従来周知のもの又は自明のことと認定した事柄が周知又は自明であること、引用例記載のものにおける当布と本願第一発明の綿製メッシュとの間に本質的には違いが存在しないことは、認めるが、審決は、周知技術の技術内容を誤認した結果、相違点の判断を誤り、かつ本願第一発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、「相違点(イ)の構成は、従来周知の技術に属する事項であるにすぎないことに帰し、この点の構成に格別な発明があるとは認められず、引用例記載のものにおいて、このような構成を採用することは、設計上その必要に応じて容易に考えることができたと認められ、当業者にとって格別発明力を要することではない。」と認定判断している。

しかしながら、刃物切削によりシート状の薄板を製作し、建築材料等に使用するベニヤ単板を製造することは周知の手段であるが、このシート状薄板を所定寸法に切断してタイル素材として選択適用するためには、同じ厚さのもので剥取り薄板が切出し板より割れにくく、可撓性も大であることの知見が必要であるが、刃物切削で剥ぎ取った薄板の切出し板が同じ厚さで他の方法で作られた切出し板より割れにくく、可撓性が大であるということは、到底認識できるものではない。

本願第一発明は、この点を認識したうえ、単に板厚を薄くすれば可撓性は大きくなるが、割れたり木材の有効利用の点で問題があることを認識し、そのために板厚ほぼ2.5mm、しかも材木から刃物切削により剥ぎ取られた材料木片から製作することに着想して、初めて想到できたものである。

したがって、引用例に周知技術を適用して相違点(イ)に想到することは困難であるから、審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2

審決は、「本願第一発明の奏する効果をみても引用例記載のものと前記従来周知の技術等の有する効果の総和以上の格別の効果を期待することができるとも認められない。」と判断している。

しかしながら、本願第一発明の木製タイルは、可撓性のため下地床の仕上げ程度も厳しくする必要がなく、床張り作業が容易となり、しかも軽く、安価に製造でき、材料資材の節約ができるという特異の作用効果を奏するものである。審決は、この作用効果を看過している。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

本願第一発明のような剥取り板の方が挽き板よりも割れにくく、可撓性も大であるという知見は当業者にとって自明に属する事項であり、むしろ、挽き板は板厚の厚いものに適用されるので、2.5mm厚程度の薄板であれば剥取り板で得ることの方が普通であって(乙第2号証551頁の表7.1参照)、かえって、それを挽き板で得るようなことの方が普通には考えられないことであり、実際、鋸挽きによる単板(ソーン単板)の製造はわが国では今日ほとんど行われていない。

したがって、引用例に記載された材料木片を一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート木材を切断して得たもので構成する手段を採用するようなことは、当業者にとって格別な発明力を要することではなく、設計上その必要に応じて容易に考えることができた程度のことである。

(2)  取消事由2について

本件出願前において、約2.5mm厚さ程度の剥取り板による薄板材料が従来周知であること、木製タイルに相当する材厚が3mmのモザイクパーケットブロックも従来周知であること、引用例には本願第一発明の木製タイルを綿製メッシュと本質的な差異のない当布を単位パーケットの下面に接着剤で結合したモザイクパーケットが記載されていることなどをあわせ考えれば、本願第一発明の木製タイルの奏する作用効果は引用例記載のモザイクパーケット及び本件出願時の技術水準に照らし、十分に予測できる範囲のものであった。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中に引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願第一発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  甲第2、第3号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、木製タイル及び木製タイルの製造方法に関する(願書添附の明細書6頁11行ないし12行)

木製タイルは、被覆材料、特に床材として利用されてきたが、今日、丸太が非常に不足しており、一般に床タイルの厚さは薄くなり、今日製造されている床タイルの厚さは約6ないし7mmである。従来周知の6mm以下の厚さの床タイルにおいて、1ないし2mmの厚さの単板は、積層木製タイルを製造するために少なくとも1.5mmの厚さの合板又はチップボードのような安価な木製裏当板に接合されているが、この方法は、わずかにコストを低減できる一方、タイルの品質が相当に低下され、しかも有効寿命が比較的短くなる。タイルの厚さを薄くするための別の試みにおいて、タイルは1mm以下の薄い単板からなるトップ層を備え、その下層には、ライニングされた透明な合成樹脂層を上部に有する基板を接着する方法で製造される。しかし、この方法は、かなり高価であり、この方法で製造されたタイルは天然木タイルが有するような自然の暖さはない。これらの問題を解消する従来周知の方法は材木からシート状木材を鋸で切断することによって木製タイルを製造することであった。次いで、シート状木材は多数の個々の長方形のブロックに切断され、それらのブロックの縁部に接着剤を塗布する。その次に、ブロックをいくつかの選定されたパターンをもって側面と側面とを並置して当接させ、互に接合させる。このような方法の欠点は、一般に6.2mm以下の厚さのシート状木材を製造することが実際に不可能であることである。相当量の木材が鋸切断作用で廃材となり、しかも丸太の形状とシートの所定厚を得るために必要な真直な鋸切断ラインとが一致しない結果、歩留りが悪いものであった。さらに、鋸での木材の切断は、切断されたシートの上部と底部の両主表面が木目の密な状態の表面となり、その結果として剛直な、実質的に可撓性のないかつ砕けやすい性質の最終仕上タイルになってしまう。本願発明は、これらの欠点を実質的に解消する木製タイルを提供すること及び非常に可撓性のあるかつ耐久性のある木製タイルとなるように木製タイルを製造する方法を提供することを技術的課題(目的)とするものである(同6頁13行ないし9頁2行)。

(2)  本願第一発明は、前記技術的課題を解決するために本願第一発明の要旨記載の構成(平成1年6月23日付手続補正書(以下単に「手続補正書」という。)3枚目2行ないし8行)を採用した。

(3)  本願発明は、前記構成により、前記の欠点のない、かつ、丸太から刃物によって木製シートを切断することによって、木製シートの一面に粗な木目表面を他面に密な木目表面を顕現しえ、仕上げられたタイルは木製床タイルにおいて従来知られていないような可撓性を有し、また従来製造されたものよりも薄い木製タイルを提供でき、さらに厚さが薄いことにより重量が軽くかつ製造が安価であるタイルを提供することになる(願書添附の明細書17頁2行ないし13行)という作用効果を奏するものである。

3  引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願第一発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、審決が相違点(イ)に関し周知技術、周知のこと又は普通のこととして認定した事柄がいずれも周知のことに属すること、審決が相違点(ロ)に関し従来周知のもの又は自明のことと認定した事柄が周知又は自明であること、引用例記載のものにおける当布と本願第一発明の綿製メッシュとの間に本質的には違いが存在しないことは、当事者間に争いがない。

4  取消事由1について

(1)  甲第2、第3号証によれば、本願明細書には、本願発明の実施例として、「第1図及び第2図に示されている木製タイルを参照すると、タイルは正方形であり、かつ尿素樹脂接着剤のような適当な接着剤によって当接する縁部に沿って互いに接合された多数の独立した木製フィンガー(タイル素材)1から組立てられている。前記のタイルにおいて、フィンガー1は5つの平行に並置されたフィンガーによってブロックを形成しており、かつそのブロックは、各々のブロックを形成しているフィンガーの長手方向が隣接したブロックのフィンガーの長手方向に直交するように各ブロックは配置されている。この方法において、第1図に示すように、16個のブロックが並置されかつ互いに結合されてタイルを形成する。」(願書添附の明細書12頁17行ないし13頁9行、手続補正書2枚目12行ないし14行)と記載されていることが認められる。

したがって、本願第一発明の木製タイルは、小さなシート状木材を5枚一組のブロックとし、さらに16のブロックを市松模様を成すように結合して1枚のタイルに集成した構成のものを含むということができる。

(2)  他方、甲第4号証によれば、引用例は、実用新案公開公報であって、その実用新案登録請求の範囲には、「材料木片を並列した単位パーケット2を、作業に有利な一定面積の大きさに配列して当布4を裏側全体に貼着し、表面仕上げを施すると共に、その周縁を、表面から内側に傾斜させて切削して接合面5を形成することにより、全体の外形寸法を一定させたことを特徴とする作業単位のモザイクパーケット」(左欄9行ないし右欄5行)との記載があり、また、図面の簡単な説明には、「第1図は単位パーケットの説明図、第2図はこの考案のモザイクパーケットの一例を示す斜視図、第3図は角部の拡大斜視図、第4図は部分的裏側平面図である。1……材料木片、2……単位パーケット、4……当布」(右欄7行ないし11行)との記載があり、図面として別紙第二の第1図ないし第4図が添附されていることが、認められる。

引用例の第1図、第2図によれば、引用例記載のものは、5枚の材料木片を一組の単位パーケットとし、16の単位パーケットを市松模様を成すように結合して1枚のモザイクパーケットに集成したものであることが明らかにされている。

(3)  乙第10、第11号証によれば、「建築材料ハンドブック」(棚橋諒編集、昭和44年4月15日株式会社朝倉書店発行)には、「(ⅵ)モザイクパーケットフローリング張(市松模様張り床板)」と題して、「標準長さ12cm、厚さ0.9cm、幅2.4cmの小さな特定の材片を5~6枚で1組のブロックとし、更に16のブロックを1枚のタイルに集成した床板である。」(707頁4行ないし6行)との記載があり、「建築の納まりと施工 床」(彰国社編、昭和48年8月20日株式会社彰国社発行)には、「モザイクパーケットフローリングはパーケットブロックを小型にし、市松模様に幾組も集めたものである。以上のパーケットブロックとモザイクパーケットフローリングには、下地床を構成してからその上に直接張付ける単材と、合板などの台板にあらかじめ単板を接着したパネル材がある。」(94頁左欄図下11行ないし右欄図下3行)との記載があることが認められ、これらの刊行物が市販された著作物であることとそれらの発行年月日をも考慮すると、上記各記載内容は遅くとも本件出願時には技術常識となっていたと認めることができる。

そして、前記(1)において検討したとおり、本願第一発明の木製タイルは、小さなシート状木材を5枚一組のブロックとし、さらに16のブロックを市松模様を成すように結合して1枚のタイルに集成したものであり、他方、前記(2)のとおり、引用例記載のものは、5枚の材料木片を一組の単位パーケットとし、16の単位パーケットを市松模様を成すように結合して1枚のモザイクパーケットに集成したものであるから、本願第一発明の木製タイルと引用例記載のモザイクパーケットは、いずれもモザイクパーケットフローリングという同一の技術分野に属するものであるといわなければならない。

(4)  ところで、前記2の認定事実によれば、本願第一発明は、単にシート状木材の厚さを2.5mmとしたに留まらず、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた略2.5mmのシート状木材を材料として採用することを構成要件としている。

(5)  しかしながら、乙第2号証によれば、「新版 木材工業ハンドブック」(林業試験場編、昭和48年1月15日丸善株式会社発行)には、「ベニヤレース、ハーフラウンドベニヤレース」の項に「主軸に固定した原木を回転させ、刃物およびプレッシャバーを付けたかんな台を自動送りして所定の厚さの単板を切削する機械である。」(553頁表7.3下7行ないし9行)との記載があり、また、「ロータリー単板」の項に「ベニヤレースにより連続的に切削された板目単板であり、わが国で生産される単板の90数%はこの種の単板である。」(551頁7行ないし8行)と記載されていることが認められる。

したがって、モザイクパーケットフローリングという技術分野における当業者が接する単板の大部分は、このように一本の原木から刃物切削により剥ぎ取って得られた単板であり、当業者が薄い単板を得ようとすれば、敢えて他の製造方法による単板を得ようとしない限り、その単板は一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られたものということができ、このことは当業者の技術常識に属するというべきである。

(6)  一方で、乙第11号証によれば、モザイクパーケットフローリングという技術分野における技術常識を表したものと解すべき前掲「建築の納まりと施工 床」には、95頁の「表・1 パーケットブロックの寸法」に、モザイクパーケットフローリングに使用される単材として材厚3ないし9mmのものを使用することが記載されていることが認められる。

このような厚さのものを採用しようとする場合に、前記(5)の技術常識のもとでは、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取って得たものを採用することは、当業者であれば容易に想到しうるというべきである。

(7)  また、前記(6)の認定事実から判断して、モザイクパーケットフローリングという技術分野における当業者が了知すべき技術常識によれば、素材の厚さは3ないし9mm程度のものとみることができるが、板厚が3mmである場合には、本願第一発明のタイル素材の厚さ略2.5mmとほぼ等しいことになる。

そして、前記3のとおり、刃物切削による剥取り手段によりシート状木材の厚さを特に略2.5mmと限定した厚さのものを得ることができることが従来周知であることは、当事者間に争いがないから、本願第一発明のタイル素材の厚さ略2.5mmに等しい厚さのものを採用することは、当業者の技術常識に基づくものである、と判断することができる。

したがって、引用例記載のものにおいて、その材料木片として一本の材木から刃物切削により剥ぎ取って得た厚さ略2.5mmのものを適用することは、当業者において容易に想到しえたものといわなければならない。

なお、本件全証拠によっても、本願第一発明の厚さがシート状木材の厚さを略2.5mmとしたことに臨界的な意義があるとは認められないから、上記のとおり、技術常識が素材の厚さを3mmとしていることとの間で、機能又は作用に格別の差が生ずると認めることはできず、シート状木材の厚さを略2.5mmとするか3mmとするかは、当業者が必要に応じて適宜選択できることというべきである。

(8)  なお、原告は、審決が従来周知であると認定したことを認めるものの、シート状木材を所定寸法に切断してタイル素材として選択適用するためには、同じ厚さのもので剥取り薄板が切出し板より割れにくく、可撓性が大であるとの知見が必要であると、主張している。

その主張の趣旨は、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取って、略2.5mmのシート状木材を得ることができること、このシート状木材を所定の寸法に切断することが従来周知であるものの、同じ厚さのものであっても剥取り薄板の方が切出し板より床材という用途に適した性質を持っているとの知見がなければ、これをタイル素材として採用する動機がないことを意味するから、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた略2.5mmのシート状木材をタイル素材として選択することは容易に想到することができない、というにあると解される。

しかしながら、前記のとおり、引用例記載のものにおいて、その材料木片に代えて、一本の材木から刃物切削によって得られた厚さ略2.5mmのシート状木材を切断したものを適用する動機とみるべき技術常識が存在する以上、当業者であれば、原告主張の知見の有無にかかわらず、引用例記載のもの及び従来周知の技術に基いて容易に想到しえたと認められる。

そして、このような知見の有無は、引用例記載のものにおいて、その材料木片に代えて、一本の材木から刃物切削によって得られた厚さ略2.5mmのシート状木材を切断したものを適用した場合に、その木製タイルが割れにくく、可撓性も大であるという作用効果を奏することが予測できるか否かにつながるということはできても、このような知見を持たないことが、引用例記載のものにおいて、その材料木片に代えて、一本の材木から刃物切削によって得られた厚さ略2.5mmのシート状木材を切断したものを適用することを妨げる根拠になる、と認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は、理由がない。

5  取消事由2について

(1)  原告は、本願第一発明の木製タイルは、可撓性のため下地床の仕上げ程度も厳しくする必要がなく、床張り作業が容易となり、しかも安価に製造でき、材料資材の節約ができるという特異の作用効果を奏するものである、と主張する。

しかしながら、これらの作用効果は、引用例記載のものにおいて材料木片の厚さを薄くし、略2.5mmにした場合に当業者が通常予測しうる程度のものである。

すなわち、材料木片が数mmのものであれば、可撓性を有することは当然予測しうることであり、その場合には、下地床に凹凸があってもよく馴染み、床張り作業が容易となることは自明である。そして、それが薄ければ軽く、安価に製造でき、材料資材の節約ができることもまた自明である。

したがって、本願第一発明の上記作用効果は、格別のものとはいえない。

(2)  もっとも、前記2(3)において認定したように、本願明細書には、本願発明は丸太から刃物によって木製シートを切断することによって木製シートの一面に粗な木目表面を他面に密な木目表面を顕現しえ、このようなタイルは木製床タイルにおいて従来知られていないような可撓性を有する旨が記載されていることが、明らかにされている。

上記記載は、可撓性の性質について明記していないが、この記載の意味を、この方法によって製造されたシート状木材は、木目が密になるため同じ厚さであっても、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材は、割れにくく、より優れた可撓性を有するとの意味に解すれば、この記載は原告の主張を認める方向に働く事実となりうるといえなくもない。

しかしながら、このような性質は、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材が元来有する性質であり、これをタイルとして使用した場合に新たに生ずるものではない。一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られた厚さ略2.5mmのシート状木材が新規なものであるならばまだしも、このようなものは、何ら新規性があるものではなく、ありふれたものであり、容易に入手できるというほかはない。

したがって、一本の材木から刃物切削により剥ぎ取られたシート状木材が、その厚さに応じて、どのような性質を示すかは、当業者が容易に知ることができたものというべきである。

そうすると、本願明細書の上記記載から本願第一発明の作用効果が格別であるということはできない。

6  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第一

〈省略〉

別紙第二

〈省略〉

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